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浦和地方裁判所 昭和57年(わ)1069号 決定

右の者に対する強盗致死、建造物侵入、公務執行妨害被告事件について、弁護人鈴木淳二、同吉澤雅子、同喜田村洋一、同安田好弘から、被告人に対する本件公訴事実との関連箇所を有する菊井良治の供述録取書(検察官面前調書・警察官面前調書の別及び被疑事実の有無・内容を問わない)及び同人作成の上申書・図面その他同人が作成したすべての書面を開示するよう検察官に命じられたい旨の申出があつたので、当裁判所は、検察官の意見を聴いたうえ、次のとおり決定する。

主文

検察官は、弁護人に対し、菊井良治が、本件犯行並びにそれに先立つて敢行した米軍グラントハイツ強盗予備事件及び七軒町派出所強盗予備事件について、司法警察職員及び検察官に対してなした供述を録取した書面並びに、右各事件について同人が作成して司法警察職員及び検察官に提出した上申書、図面など総ての書面(ただし、菊井良治に対する強盗殺人等被告事件の確定記録中に編綴されているものを除く。)を閲覧させなければならない。

理由

一弁護人らの申出の趣意及びこれに対する検察官の意見

弁護人らの申出の趣意は、弁護人らが連名で提出した証拠開示命令申立書に記載してあるとおりであり、これに対する検察官の意見は、検察官提出の意見書に記載してあるとおりであるから、これらを引用する。

二当裁判所の見解

裁判所は、証拠調の段階に入つた後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることができるものと解すべきことは、最高裁判所昭和四三年(し)第六八号、同四四年四月二五日第二小法廷決定(刑集第二三巻第四号二四八頁)が判示しているとおりである。

そこで、右の基準に則つて、弁護人が検察官に対して開示を求めている書面のうち、菊井良治が、本件犯行並びにそれに先立つて敢行した米軍グラントハイツ強盗予備事件及び七軒町派出所強盗予備事件について、司法警察職員及び検察官に対してなした供述を録取した書面並びに右各事件について同人が作成して司法警察職員及び検察官に提出した上申書、図面などの書面の閲覧が被告人の防禦のために特に重要といえるか否かについてまず検討する。

本件公訴事実の要旨は、被告人が菊井良治、新井光史、島田昌紀と共謀の上、埼玉県和光市所在の陸上自衛隊朝霞駐とん地内に侵入し、包丁等の凶器を用いて警衛勤務中の陸上自衛官の反抗を抑圧し、同駐とん地内の弾薬庫等から銃器、弾薬を強取しようと企て、右新井及び島田が実行行為者となり、同駐とん地内において、勤務中の陸上自衛官一名からその所携のライフル銃を強取すべく右自衛官を柳刃包丁で突き刺す等の暴行を加え、よつて同自衛官を同所付近において死亡するに至らしめたというものであるが、検察官の冒頭陳述によれば、被告人と本件強盗致死等の犯罪を結びつけるものは、被告人と菊井良治の間で行われた謀議に過ぎないから、菊井良治の証言が被告人の有罪無罪を決するうえで最も重要な証拠であることは明らかである。ところで、証人菊井良治に対する検察側の主尋問は、昭和五八年三月二二日の第九回公判期日において総て終了したが、右主尋問において、同人は、被告人と知り合つた経緯から本件犯行に関する被告人との謀議の態様及びその内容、その謀議に基づく本件犯行並びにそれに先立つて敢行された米軍グラントハイツ強盗予備事件及び七軒町派出所強盗予備事件について、検察官の冒頭陳述に符節の合つた詳細かつ具体的な証言をしているところ、同人と被告人との間の本件犯行についての謀議と同人の前記証言との間に一一年以上の歳月が経過していることを考慮すると、菊井良治の前記証言に対して適切に反対尋問をさせ、その証言の信憑性を確かめるためには、本件犯行の約三か月後に逮捕された菊井良治が、未だ新鮮な記憶を保持していたと認められる右の時点において、捜査官に対してどのような供述をしていたのか、その後その供述に変化は生じていないのか、変化が生じているとすればその内容及びその変化の原因は奈辺にあるのか、捜査段階における同人の供述と前記証言の内容は一致しているのかなどの諸点について、弁護人をして事前に検討させる必要があると認められるのであつて、前記のように菊井良治の証言が本件における最も重要な証拠であることを併せて考えると、同人に対する主尋問終了後反対尋問開始前に前記書面を弁護人に閲覧させることは、被告人の防禦のために特に重要であるといわなければならない。

なお、弁護人に閲覧させるべき対象となる書面の範囲について一言付言するのに、証拠開示の必要性を肯認する理由が右の如きものである以上、菊井良治の検察官に対する供述調書とその他の書面、すなわち同人の司法警察職員に対する供述調書及び同人が作成して捜査官に提出した上申書、図面などについて、その取扱いを異にすべき理由はない。

次に、前記書面を弁護人に開示することによつて生ずる弊害について検討するのに、検察官は、この点につき「被告人、弁護人らは菊井証人に対する証人尋問の開始前から、菊井証人と国家権力が手を組んで本件をでつち上げたと強硬に主張し、傍聴席に詰めかけた支援者らもこれに同調するなど弁護人及び支援者らは被告人に不利な証拠は全て官憲のねつ造であり、特に菊井証人の供述は虚偽もはなはだしい旨一方的にきめつけ、積極的に報道機関を利用して菊井証人に対する悪意の宣伝をし、更に被告人の支援団体の機関紙等にも同旨の記載をのせている等の事実が存する」とし、これを前提として、「かかる状況のもとで証拠開示をすれば、菊井証人に対し、同人が服役中とはいえ、威迫の行われる余地があり、また開示された供述調書の内容の一部が被告人の支援者らの機関紙等に意図的に掲載され、悪意ある一方的な宣伝に利用されるなどして菊井証人の名誉が毀損され、更に、菊井証言に信用性がない等と偽りの歪曲記事が流布され、いわゆる法廷外審理が行われるおそれが大きい。」と主張している。

然しながら、右の点については、菊井良治が昭和五二年に懲役一五年という長期の刑の宣告を受け、現在服役中であることを考慮すると、同人に対する証人威迫の可能性は殆どないといつて良いし、開示された証拠の内容を訴訟外の目的に使用しないことについては、最終的には弁護人の良識に期待するほかないけれども、証拠開示の方法を閲覧に限定すれば、開示された書面の内容の一部が被告人を支援する者の機関誌等に掲載されるなどのおそれが大きいともいえない。

なお、菊井良治は、事件発生後一一年以上という長い歳月を経過した後であるにもかかわらず、多岐にわたる事項について殆ど淀むことなく極めて具体的かつ詳細な証言をしているところ、検察官が意見書において主張しているところによると、その証言は、検察官において事前に菊井良治に対して事実関係を確かめ、その記憶を喚起した結果であるというのであるが、検察官が菊井良治に対して事実関係を確かめる際使用した資料の主要なものは前記書面であると推認されるのに、同証人に対する検察官の主尋問が終了し、その反対尋問の開始が目前に迫つている現在の段階においてもなおこれを開示しないということになると、その措置をめぐつて菊井良治の証言を信用し難いとする無用の揣摩憶測を生ずるおそれもないとはいえないのであつて、かくては検察官の主張とは逆の意味の弊害、例えば被告人を支援する者が右のような揣摩憶測に基づいて悪意のある一方的宣伝をするおそれもないとはいえない。

以上のとおりであつて、前記書面を弁護人に閲覧させることが被告人の防禦のために特に重要と考えられる度合とこれを閲覧させることによつて生ずる弊害を比較考量すると、前者は後者に遙かに優越すると考えられるので、右書面は総てこれを弁護人に閲覧させるべきであるが、右書面のうち菊井良治に対する強盗殺人等被告事件の確定記録に編綴されているものは、刑訴法五三条によつて閲覧が許されているから、右の書面について改めて訴訟指揮権に基づきこれを弁護人に閲覧させるよう命ずる必要はない。

なお、弁護人らは、現在東京地方裁判所刑事第五部及び同第九部に係属しているいわゆる「ピース缶爆弾事件」に関連する菊井良治の供述調書についてもその開示を求め、その開示の必要性について、いわゆる「ピース缶爆弾事件」は昭和四四年に発生したものとされているが、菊井良治は、本件の公判廷において、昭和四四年当時は赤軍派に属しており、革命の捨て石となる心算であつたが、失敗し、その後模索状態にあつたところ、昭和四六年に被告人と会うことができ、これが本件事件につながつた旨証言しているのであつて、本件においては、菊井良治の昭和四四年以降の行動・経歴は極めて重要であるから、前記「ピース缶爆弾事件」についての調書もすべて開示されなければならない旨主張しているけれども、右の主張によつては、本件とは全然別個のいわゆる「ピース缶爆弾事件」に関連する菊井良治の供述調書について、前記最高裁判所決定のいう証拠の開示を求める具体的必要性が示されているとはいえないから、当裁判所は、いわゆる「ピース缶爆弾事件」についての菊井良治の供述調書を弁護人に開示するよう検察官に対して訴訟指揮権を発動することはしない。

三結論

よつて、当裁判所は、訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、主文掲記の書面についてのみこれを弁護人に閲覧させるよう命ずることとし、主文のとおり決定する。

(阿蘇成人 中島尚志 若林辰繁)

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